ヨットの事を考える評議会


by Takatsuki_K
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レーティングシステムを考える 第2話

ハンディキャップ問題を考える。先月はその概要をお伝えしたが、簡単に答えが出る問題ではない事が分かって頂けたと思う。そこで、過去に遡りハンディキャップ制度の難しさを改めて見ていきたい。


レーティング紀元前

 最も単純なヨットレースは、なんでもありの着順勝負だ。あらゆるヨットを集めてよーいドンでスタートさせ、着順で競うというもの。アメリカズカップ発祥といわれるワイト島一周レースもこんな感じだったようで、これがヨットレースの原点といってもいいだろう。
 しかし、それでは大きな船が圧倒的に有利だ。いや、多少小さくても、極限まで軽く、復元力は大きく、セールエリアの大きな船が有利になるだろう。でもって、その上でなおかつなるべく大きく……と、ヨットレースは仁義なき造艇競争になってしまう。
 そこで、全長に制限を設けてみる。船は全長でだいたいの性能が決まってくる。メルボルン~大阪ダブルハンドレースなんかは、そんな単純なルールで行われてきた。
 いや、実際には、全長よりも水線長こそが重要な要素となる。ならば水線長にも制限を設け、いやいややっぱりセールエリアも決めなくては……と制限を多くし公平性を高めていく。こうしてボックスルールとも呼ばれる限定規格級ができあがる。アメリカズカップやボルボオーシャンレースで採用されているのもこれだ。
 ボックスルールでは、ボックスの幅(制限)をどこまで設けるかがポイントになる。制限がゆるければより過激なクラスができあがり、造艇競争も過熱する。開発競争に負けた遅い船ではどう頑張っても勝つ見込みは無し。優勝艇といえども、より速い船の出現でお払い箱になる。……という弱肉強食の残酷な結果が待っている。
 ならばと、制限を厳しくしていくと最終的には、ワンデザインクラスとなる。造艇時の自由度はほとんど無し。全艇まったく同じ。乗り手の技量のみが勝負の要素となる。
 ボックスルールを用いたグランプリクラスでは、造艇競争もレースの一部である。安全面での配慮と、オーナー(或いはスポンサー)がついてこられる範囲の弱肉強食ぶりになるよう設定するのが、実はなかなか難しかったりするのだ。このあたりは来月詳しくふれたい。

 さて、これらはいずれも、予めクラスルールが規定されていてそれに合わせて艇を建造しなくてはならない事になる。しかし、現実には大小様々なヨットが存在する。クルージング用に建造されたヨットでレースを楽しんだっていいではないか、という声も挙がってこようというものだ。
 なんでもアリの着順勝負から始ったヨットレースも、「せめて全長によってクラス分けしようや」のレベルを過ぎると「ハンデを決めて勝負しようではないか」と考えるようになる。
 レーティングとは、そのヨットの“格付け”、“評価”であり、本来はそれぞれのレーティングを持つクラス内で着順勝負をしようというものだったのだが、ここでは、艇毎のレーティングからハンディキャップを導き、そのハンディキャップ値を用いて所要時間を修正しレース順位を算出しようではないかという事になった。
 よって、大きな船と小さな船。軽い船と重い船。さまざまなヨット間で勝負を楽しめるようになったというわけだ。


IORの登場

 今はもう昔の事になってしまったが、一世を風靡したのが、IOR(アイ・オー・アール:International Offshore Rule)だ。ORC(オー・アール・シー:Offshore Racing Congress、当時はOffshore Racing Council、外洋ヨット評議会)が管理する外洋ヨットの為の国際的な計測規則で、英国のRORCルールやアメリカのCCAレーティングを元にして1969年に採用され、以降90年代半ばまで世界の主なグランプリレースはIORの元で行われてきた。IOR以前はレーティング紀元前といってもいいかもしれない。
 IORの特徴は、ルールに合わせて厳正な計測を行いレーティングを決めるという所。
 IORレーティングは長さの単位(ft)で表され、そこからハンディキャップ係数であるTCF(Time Correction Factor)を求めて、それを所用時間に乗じることで修正時間を算出し順位を決定する。
 ヨットの性能を完璧に把握するのは難しい。たとえば、水線長や水線幅が重要なファクターであるのは分かっていても、船が走り出しヒールすればそれらは変化してしまう。静止状態でしか計測はできない訳だから、静止状態では水線長が短くなるように、しかし一定の条件で走り出したら水線長が長くなるように、といった策略を練るデザイナーやそうした策略を望むオーナーも出てくる。
 ルールの盲点をついて実際より低い評価(レーティング)を得ようとする行為を、ルールチート(cheat:欺く、のがれる)と呼ぶ。
 混乱しないように、「レーティングが高い=速く走れるはずである」と定義しよう。IORでは、レーティングの数字が大きいほどレーティングが高い。速く走れて当然、という意味だ。
 オーナーとしては、性能の割にレーティングが低い船を求めるようになる。デザイナーは、ルールの穴をついて、そんなオーナーの望みを達成しようとする。
 すると、ルールも改正され、となると新しいルールに対応したチートをする……というイタチごっことなった。
 この開発競争では、ヨットの性能が高くなるとは限らない。ボートスピードが遅くても、それよりレーティングが低ければいいのだから。高いお金を払って遅い船を買う、じゃなきゃレースで勝てない、という事にもなっていく。


レベルレース

 ルールチート問題とはまた別に生じるのが「ハンディキャップレースでは、気象の変化による有利不利は避けられない」という問題だ。
 大型艇と小型艇ではフィニッシュ時間が大きく異なる。これを修正して結果を出そうというのがハンディキャップシステムの趣旨なわけだが、大型艇がフィニッシュした後風がピタっと無くなれば、その後もレースを続けなければならない小型艇にとっては不利となる。
 逆に微風のレースで途中無風となれば大型艇も小型艇も艇速はゼロ。なのに所要時間はどんどん経過するので大型艇としてはハンディキャップに合わせたリードを広げなくてはならない事になる。そのうえ、大型艇がやっとこさフィニッシュした後に風が吹き上がり小型艇が一気にフィニッシュしてしまえば、小型艇には圧倒的に有利な展開となる。
 天候は時の運であるから、ある時は大型艇に有利、ある時は小型艇に有利、で、お楽しみとして済ませる分にはいいのかもしれないが、グランプリレースとして鼻息荒く競うにはいかがなものか……だ。
 そこで、同じIORのレーティングを用いて着順勝負をしようというのが、IORのレベルレースだ。
 レーティング30.55ftまではワントン、18.55ftまでは1/4トンとする……等、レーティングの上限を設定したクラスを設け、その枠内に収まった船だけ集めて着順勝負をする。時間修正は無いので勝負も分かりやすい。なにより大型艇小型艇間の格差問題は無くなる。
 以上、“レーティング”と“ハンディキャップ”では言葉の意味がちょっと違うという事を理解していただきたい。
 レーティングとはヨットの格付けであり、その格付けを利用してハンディキャップレースをすることもあれば、着順勝負をする事もあるということだ。
 ということで、IORでのグランプリレースは、主にこのIORレベルレースで行われており、トンカップとも呼ばれた。
 着順勝負であるから、当然ながらレーティング上限一杯の船が有利となるわけだが、ここに納めるのが結構大変だ。
 上述のように、ルールチートへの対応として、ルール変更が頻繁に行われる。と、それまでクラスの上限一杯だった船がルール変更によって上限を飛び出てしまう事もある。それだけの理由でクラス内に納めるための改造を強いられる。自艇にはなんの変化もないのに……だ。改造したら当然計測のやり直し。お金も手間もかかり堪ったモンじゃない。
 で、結局、着順勝負はやめて、各クラス毎に時間を修正して楽しむ事も多くなった。レベルレーサーとして大まかなサイズは揃っているので、上記天候変化による有利不利はほとんど無くなる。レベルレース選手権試合の際には改めてクラス上限一杯のレーティングに取り直せばいい、と、二刀流で楽しめる。
 レベルレースの存在によって、ある程度絶対性能の揃ったクラス分けを行うことが出来たという事が、IORを長続きさせたといってもいいのではないかと思う。
 結局、IORはMarkIIIまで改定されながら、IMSの登場まで、世界を席巻した。


純国産CR

 グランプリルールとしてIORは隆盛を極めていったが、いかんせん計測作業は本格的で手間もお金もかかる。
 そこで、もっと簡易にできないものか、として日本で開発されたのがNORCクルーザーレーティング(以下CR)だ。
 IORの簡易版としては、それまでにもJORがあったが、CRは北欧のScandicap(マークII)およびそれを手直しした小網代Scandicapをベースとして開発され、1986年からNORC(日本外洋帆走協会)で正式に採用される。
 世の中グランプリ指向の人ばかりではない。実際にはもっと気楽にレースを楽しみたいという人が大半なのだ。IORほどの精度は必要ない。その分手軽に安上がりに誰でも取得できるハンディキャップルールが必要だったのだ。
 とはいえ、簡易であるから抜け穴を狙おうとすればいくらでもできてしまう。厳密な計測を受けるIORにも穴があるのだから、簡易な計測のCRの穴はもっと大きくても不思議ではない。レーティングの割に実際の性能が高い、低いといった弊害はIOR以上に出てくる。そのうえ、その計測自体にも誤差が多かった。
 精度と簡易さを量りにかけて、IORにするのかCRを選ぶのかは、ユーザーが自分のレーススタイルに合わせて決める事。当時はIORとCRの住み分けはそれなりにできていたように思う。
 世界的に普及していたIORと、国内のみのCRであることの差。あるいは、精度の差と簡易さの差がうまく釣り合っていたと考えてもいいのかもしれない。簡易さで勝っているCRの精度がもっと高かったら、みんなCRに流れていってしまったかもしれないのだから。
 もちろん、CRの方も不具合は修正すべくルールの改正は行われていったわけだが、少ない計測点を計測してその数字を計算式に当てはめるという中途半端に科学的というか数学的というか、杓子定規なものなので、個々の不具合を修正するのが難しい。ヨットの性能とその要素というのは、非常に複雑なのだ。
 90年代に入ると、グランプリルールはIORからIMSに取って代わるようになるが、CRは多くのボランティアの手によって改良され、運用されていった。IMSのデーターシミュレーションを行ったり、時間修正にはレースコースのタイプや風域毎のTA(Time Allowance)が示されるなど、強くIMSを意識した改定を行っている様がみてとれる。


良い加減なPFRF

 上記、計測によるハンディキャップシステムとは別に、さらに簡易なレーティングとして、昔からあるのがPHRF(Performance Handicap Racing Fleet)で、船の性能を恣意的に判断してハンディキャップを決めるものだ。
 ここではPHRFとひとまとめにして呼んでしまう事にするが、各国各地で様々な呼び名を冠してバラバラに施行されてきたといってもいい。最も原始的なハンディキャップシステムともいえる。
 ハンディキャップ委員が独断と山勘でハンデ係数を決める事から「勘ピューター」などともいわれたりする。
 いい加減なようだが、上記のようにヨットの性能を科学的に正確に把握することは非常に難しいので、按配する人の能力によっては、いい加減につけたハンディキャップが“ちょうど良い加減”だったりもする。
 先に挙げたCRも、ハイスピードコレクション(HSC)という恣意的な係数を使って最終的に不具合を按配するようになれば、これは、計測による数値をベースにしたPHRFであるともいえる。
 現在も日本各地で行われているローカルなフリートレースでは、同型他艇のCR値をそのまま使ったり、その数字を元にさらにローカルに按配したりしているケースも少なくない。こうしたCRの派生版を日本のPHRFと呼んでも良いのかもしれない。
 PHRFでは、ハンデ値の決定根拠に科学的公平性は無い。ハンデ値を決める技術委員会のさじ加減には科学的必然性が含まれるのだろうが、その決定に対し、ユーザーサイドがどこまでの信頼感を寄せることができるのか、が重要な要素になる。


IMSの登場
 さて、90年代に入って、我が国にもIMSが導入され普及していく。IORもCRも今は昔……だ。
 しかし、現在我々が抱えている問題点は、今回挙げた「ルールチート問題」と「レベルレースに関わる問題」、そして、「PHRF的レーティングの問題」の3つに集約されていると言っても良い。
 という事で、次号に続く。
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by Takatsuki_K | 2008-04-12 16:05 | 過去記事