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ヨットの事を考える評議会


by Takatsuki_K
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レーティングシステムを考える 第4話

これまで3回に渡ってみてきたニッポンのハンディキャップシステム。最終回はニッポンの現状を探る。


ORCクラブ

 グランプリルールがIORからIMSへ移行したのを受けて、非グランプリ用のハンディキャップシステムもCRからORCクラブ(以下ORCC)へ移行された。ORCCはIMSのテクノロジーを使った簡易バージョンだ。
 IMSのフル計測は、ハル形状の計測、マストを倒してのマスト計測、詳細なインベントリーリスト(搭載品目録)を作成した上で静かな海面に浮かせての海上計測……と、1日では到底終わらない。天候にも左右されるし、料金は40万~50万円とお金も時間も人手も必要だ。
 対して、ORCCの証書発行は、第1話で示したように自己申告や簡単な計測など何通りかの方法があるが、どれもIMSとは比べようがないくらい簡易なものとなっている。
 簡易といっても、そこから導き出されるハンデ値の次元はIMSと同じものとなっており、多様なコアリングシステムを用いることができる。
 IMSでメインとなるスコアリングシステムであるPCS(Performance Curve Scoaring)については、前回ふれた。これが複雑すぎるという事で、ORCCでは簡易なスコアリングシステムが提唱されている。
 レースコースの距離を基準にハンデを決めるタイム・オン・ディスタンス(以下ToD)のILC値や、所要時間を基準にハンデが決まるタイム・オン・タイム(以下ToT)のTMF値。あるいは、ToTとToDをミックスさせたようなPLS(Performance Line Scoaring)。最近では、さらにトライナンバー・スコアリングなども提案されている。
、IMSはPCSでスコアリングしてこそ、IMSの価値があるといってもいい。
 対して、ORCCはIMSと比べかなり簡易な方法で発行される証書なので、導き出されたハンデ値の根拠も簡易なものとなる。IMSとの差はスコアリングシステムを工夫したところで埋まらないのだから、もっとシンプルにTMFオンリーで考えて差し支えないのではないか。ところが、こうして様々なスコアリング方法が次から次へと考え出されるのは、TMFのようなシングルナンバーでは不満と思っているユーザーの声が多いということなのかもしれない。


IMSとORCC

 グランプリ用にIMSがあり、非グランプリ用としてORCCが採用された訳だが、現時点ではIMS艇は数を減らしORCCに流れている。比較的大きなレガッタでもIMSクラスの艇数が集まらず成立しないというケースもあり、現状としては我が国ではORCCが主流のフリートを形成しつつあるといってもいい。これは、一言で言えば「IMSとORCCの住み分けがうまくいっていない」という事だ。
 何故そうなってしまったのか。
 IOR時代は、国際ルールとしてのIORと国内でしか通用しないCRという両者の格差が明確にあった。ところがORCCの場合、IMS同様国際ルールである。ハンデ値の次元も同じで同様なスコアリングを用いる事ができる事などから「あくまでも簡易レーティングであり公平性では劣る」という事実がともすれば忘れられがちになりIMSとの違いが明確にならなかった。
 その上、肝心のIMSの方がグランプリルールとして世界的に成功しなかった。この理由として考えられることは前回述べた。
 となると、ORCC艇はわざわざIMSを取得しようという気になかなかなれない。IMS艇側としても、公平性のために計測やクルーウエイトなどの手数を踏んでレースにエントリーしてみても、参加艇数は少なくライバル艇はORCCに移ってしまったのでは身も蓋もない。ならば自艇もORCCへ、という悪循環に陥ってしまう。
 ワンデザインやボックスルールでのグランプリレースを行うにはレース艇の絶対数が少ない我が国では、こうしてORCCを使っての準グランプリレースが主流になり、非グランプリのクラブレースでは独自のPHRFを採用するという現在の階層構造となったのだろう、と筆者は分析する。
 2006年3月末の時点で、国内の登録数はIMSが50艇、ORCCの取得が619艇となっている。ここ2年位の新艇登録から見れば、IMSはなんとか存続しているという状況にすぎないし、僅かに残っているIMSフリートとORCC上位艇とのレベルの差は小さい。
 この状態で、すべてうまくいっているならそれでいいのだが、実は様々な不満が表面化しており、あるいは表面に出てこない不満がレースの衰退化を招いているといってもいい。


IRC

 IMSがIOR同様のルールチート合戦の様相を見せ、「これではIORと変わらないではないか」と、ユーザーサイドから不満の声が広がり始めた頃、IMSに対抗する新たなレーティングシステムとしてRORCとUNCLによって提唱されたのがIR2000だ。ORCが提唱するIMS&ORCC同様、IR2000はグランプリ仕様のIRMとその簡易バージョンであるIRCからなる。
 発表当時の評判はけして芳しいものではなかったと記憶するが、IRMはどうあれIRCはその後米豪を含めて世界的に普及。2005年末の時点で世界31ヶ国に約7000隻が登録しているという。
 IRCについては、第1話でざっと紹介したが、もう一度おさらいしておこう。
 公認計測員によって計測されたものをエンドースド(Endorsed:裏書き保証された、の意)と呼び、自己計測やカタログ値からの自己申告によって出された証書をノーマル(Nomal)として区別する。第1話ではスタンダードと書いたが、ノーマルと称する事になった。Non Endorsedという意味である。
 計測箇所は少なく、IMSやIORというよりも、ORCCやCRに近いレーティングシステムであるといえる。
 これまでの計測ベースのレーティングシステムとの大きな違いは、これらの数値からどうやってハンデ値を求めるかが公開されていないところだ。
 第1話では、IRCを称して「国際的なPHRFルールと考えてよさそうだ」と書いたが、RORC側では、「パフォーマンススコアリングではない。勘ピューター要素は無い」とのコメントを出しているようだ。しかし、これはその評価に乗り手や地域による要素が入っていない、という意味で、たとえば、「軽風に強い艇種は風の吹かない地域では高いハンデが科せられる」……というような事はないという意味であろうと思われる。
 第2話では、PHRFを「勘ピューター」とも書いたが、この「勘」には、職人的な確かな「勘」という意味が込められている。「いい加減」は「良い加減」だし、「てきとう」は「妥当」の意でもある。
 IRCのルールにも、「subjective elements(主観的要素)が含まれる」とあり、これは科学的アプローチでは補えない部分を、主観的に(勘で適当に)に補正しようという事だ。
 IMSのVPPが力学的な必然性から性能を予測しようというものであるのに対し、IRCはその逆方向を向いた帰納法的なシステムである。
 このプロセスがブラックボックスである事の利点は、ユーザー側でレーティング対策ができないという事だ。レーティング値を算出するプロセスが秘密なわけだから。同時にこれは、グランプリには向かないという事も意味する。
 IRCはグランプリというよりも、まずシンプルにという事を念頭におかれており、ハンディキャップもToTのシングルナンバーで、TCCと呼ばれる係数を用いる。これはORCCのTMFと同じもので所要時間に乗じるだけだ。
 ToDに比べ、レース運営側はレースコースの長さを正式に発表する必要はないし、コース短縮時の処理などもシンプルだ。
 ToDでも運用できるようにはなっているが、シングルナンバー・ハンディキャップの場合は、ToDにするメリットはあまりないのではなかろうか。


計測するかしないのか?

 我が国でもIRC導入に向けて本格的な動きが始まっており、JSAF外洋統括委員会にIRC導入検討会議を設置、来年からの本採用に向けてすでにテストランは始まっている。
 これは、ORCCに代えて新たにIRCを導入するものではなく、あくまでも既存のIMS&ORCCも残し、平行してIRCを導入していくという形になるようで「ショーウインドウの中に飾るだけ」「それを選択するのはレース主催団体、参加セーラーである」としている。
 そこで、セーラー側ではとう受け止めればいいのか、現時点で遡上に上がっているIMS、ORCC、IRC、そして各ヨットクラブで使われているローカルなPHRF、それぞれの違いをまとめてみた。
 図
 フル計測により細かくデータを集め、それをVPPというコンピュータープログラムで解析するIMSは科学的でありデジタルなシステムであると言え、となると、対局にあるPHRFは恣意的でアナログなシステムであると表現してもいいだろう。ORCCとIRCはその中間に位置するが、ORCCはIMSに近く、IRCはPHRFに近いと見ていい。
 証書が発行されるプロセスで比べると、IMSは完全な計測を元にして証書が発行されるのに対し、ORCCは証書発行までのプロセスが何通りかあり、そこがORCCに不公平感を生じさせる一因になっている……というあたりも第1話で詳しく書いた。
 対してIRCでは、計測員による計測を必要とするエンドースドと自己申告のノーマルの2つにハッキリ分かれているところが特徴になる。
 英国ではノーマル、豪州ではエンドースドで、米国では大型艇はエンドースド、それ以下はノーマルで運用されているようだ。
 我が国では、ノーマルとエンドースドを併用するという方針のようだが、併用するとせっかくのシンプルさが阻害されてしまうように筆者は思う。
 このあたり、レース主催者が参加艇にエンドースドの証書を要求するか否かにかかっているわけだが、先にこれを決めてもらわないと、ユーザーはどちらで取って良いのか分からない。
 PHRFはローカルなルールなので様々なケースがあるわけだが、通常計測は行わない。自己申告の必要すら無い場合が多い。


イラストキャプション-------------------
科学性
精度
公平性
経済性

IMS
今の時点で考えつく限りの計測と科学的な処理によって、公平性が保たれている。ただし、科学は万能ではないので、その精度は完璧ではない。オフショアレースでは、PCSの威力も半減する

ORCC
簡易な計測や自己申告による証書が混在しているので、公平性は他に比べて落ちると解釈した。IMSの流れを汲む科学性とそこから導き出される精度はそこそこ。経済性はIMSに比べると格段にいい

IRC Endosed
「精度は悪くない」からこそ世界に普及したと思われる。妥当な数字という意味ではIMSより上かも。世界標準という事で公平性をキープし、経済性は計測を受ける分だけORCCより悪いとした。ブラックボックスという科学性の低さを逆に売りにしている

IRC Nomal
計測が無い分、Endosedに比べると公平性、科学性に欠けるともいえるが、経済性では勝る。実際の精度は、計測してもしなくてもあまり違いはないのかもしれない。エンドースドでもスタンダードハルのデータが使われるわけだから

PHRF
経済性では群を抜く。多様なPHRFがあるので、精度については個々の技術委員に委ねられる。責任者が身近にいるので、あまりデタラメな事もできないだろうから、公平性も実は悪くない
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精度と公平性

 こうして発行された証書の精度はどうだろうか。
 ハンデ値がそのヨットの実性能をどこまで正しく評価しているのか。これをハンデの精度と呼ぶ事にしよう。
 精度が高ければ公平か、というと、これはまたちょっと別の要素で、公平性というのは厳密な計測によってこそなりたつ。人間の恣意的な要素が入れば公平性は低くなるし、証書の発行プロセスが一定していなければまた公平性は低くなる。これはたとえば、同じ計測を行うのでも、計測員によって練度や計測機器の精度に大きく違いがあれば公平性が低くなる、という事でもある。計測の精度が著しく低いなら、いっそのこと全艇計測無しにした方が公平感は高くなる。
 より詳細で厳密な計測の結果、IMSはORCCより精度も公平性も高い事は間違いない。
 ではIRCやPHRFの精度はどうなのか。
 その艇の現状を一番良く知っているすぐれた技術委員会の存在によっては、ローカルPHRFが最も精度を高くできるかもしれない。おかしいと思ったら適当に修正してしまえばいいのだから。
 実際には、サンプル数が多いほどPHRF的なハンディキャップは判定しやすい。今、IRCが世界的に受け入れられているという事実は、その精度が高いという事も意味していると思われる。精度が高いというよりも妥当な値といったほうがいいのかもしれないが。
 IMS&ORCCのルール下で有利である、として開発されたGS42Rのような船型──棺桶型と表現すると怒られるかもしれないので地中海型と表現する事にする──は、IRCではさほどのメリットが無いのでそれなりのハンデに収まるようだ。逆に、バウポールに大きなゼネカーを展開して疾走するイマドキの艇種はIMS&ORCCでは不利とされてきたが、IRCでは適正に評価されているようだ。
 これは、IRCでは地中海型のヨットが不利になり、イマドキのヨットが有利である、という意味ではなく、IRCではそれぞれ適正に評価されているという意味だ。
 IRCは公平性という点では厳格な計測を元にしたIMSには劣るが、信頼性という意味で、サンプル数が多く世界的な広がりを持つことからローカルPHRFに勝るといっていいだろう。
 ORCCは、証書の発行にいくつかのプロセスがあり、それが全部同じ格付けになっているため公平性はIRC以下といえるが、IRCもエンドースドとノーマルが混在するような状況になると、なんともいえない。公平性はセーラーが「どう評価するか」という面もあるわけだから。


経済性で比べると

 一方、経済性という面も非常に重要だ。
 証書自体の発行や更新にかかる手数料にはさほど違いはない。ORCCの新規登録が2万円。毎年更新で更新料が1万円。IRCは全長によって新規申し込み料は2000円/m。9m(30ft)なら18000円になる。こちらも毎年更新で、更新料は1750円/m(同15750円)となる。
 IMSも更新料は2万円とさほど違いは無いが、なんといっても計測にかかる費用が約40万円と際立って高く、時間も含めてオーナーサイドはかなりの負担を強いられる。地方のセーラーにとってはもっと負担は多くなるかもしれない。
 ORCCでは計測無しの自己申告によるものがほどんどなのが実情。IRCの場合、エンドースドで計測を受ける場合、スタンダードハルかIMSの証書を持っているかなどで計測項目が異なるのでなんともいえないが、30ft艇でフルに計測を受けると、クレーンの使用料などによっては10万円位かかってしまうかもしれない。スタンダードハルデータのある艇種ならば、2万円程度で済みそうだ。
 一方、ローカルPHRFは多くは無料。その上その他のレーティングを取るためにはJSAFとその加盟団体に登録しなければならならず、そうした縛りが一切無いローカルPHRFは、経済性では圧倒的に有利だ。
 但し、JSAFに登録していなければ出場できないレースも多い。「安さ」に吊られてローカルPHRFだけを選択してしまうと、自らヨットレースの世界を狭めてしまうことになる。


いつか来た道

 どうやら、IMSは速い船に厳しいようだ。その流れを汲むORCCもしかり。IMSを意識していないイマドキの船(たとえば多くのワンデザイン艇)は、絶対スピードは速いがIMS&ORCCでは不利になる。
 絶対スピードの速い船が集うクラスに人気が移行するのはIMSがIORにとって代わった時にも経験した事で第3話に詳しく書いた。それとまったく同じ事が今また起きている。
 IMSはその公平性からグランプリルールとして生き残る余地があるが、元々簡易な公平性となっているORCCではこの部分を受け継いでしまうとよろしくない。簡易レーティングでは、あらゆる種類のヨットが少しでも対等に遊べないと意味無いからだ。
 こうした艇種にも勝つチャンスを与えているのがIRCで、それが人気の理由でもある。
 IRCによって、ワンデザイン艇(或いはボックスルール艇)は艇数が集まらなくてもハンディキャップレースを楽しめ、艇数が揃ってきたらワンデザインレースもできるという選択肢が生まれる。


結局、どうなのか?

 4回に渡って長々と書いてきたが、「それでいったいどうなのよ?」と怒られそうなので、筆者なりの帰結を見いだしてみたい。
 まず、グランプリをどうするか? IMSでジャパンカップを行い続けると決めるなら、いまさら遅いかもしれないが、IMSを使ったグランプリのフォーマットを決める必要がある。次代のグランプリとなるであろうボックスルールの為にも、IMSの計測システムは残さなくてはならない。
 そのうえで、ORCCとIRCの住み分けを戦略的に考えなければならない。
 その為には、既存のORCC取得艇がIRCに移行する、それだけ……という結果に終わってしまったのではどうも未来に広がりがない。今、ローカルPHRFで活発にレースを行っている層にこそIRCを使っていただくべく、積極的な勧誘が必要になるかもしれない。これは、非JSAF会員にJSAFの登録艇になってもらうという勧誘でもあり、クラブレースしか出ていなかった層のセーラーに、さらに広いレースの世界を楽しんでもらうきっかけにもなる。
 この場合、IRCはエンドースドとノーマルをハッキリ分けて導入すべきで、簡易なりの公平性を構築しなければ、ORCCの二の舞になる危険性がある。
 うまくIRCが導入できれば、ワンデザインクラスを育てる土壌にもなり得る。
 ヨットレース界全体が活性化する為には、グランプリ、準グランプリ、非グランプリといった各層間に繋がりのある住み分けが構築されるよう計らう事が重要だ。

 ……と、勝手に帰結させてみたが、拙文を参考に、オーナーやセーラーは自分の意見を整理し、レースの主催者はその意見を汲み上げ、連盟には長期の戦略を練っていただきたい。
 この商品は、棚に飾っただけでは売れないのだ。
by Takatsuki_K | 2008-04-12 16:10 | 過去記事