ヨットの事を考える評議会


by Takatsuki_K
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カテゴリ:ヨットクラブを考える( 11 )

on Breeze

日本セーリング連盟(JSAF)の外洋艇推進グループがwebサイトを開設することになりました。

まあ、イマドキwebサイト程度で驚くこともないんだけど。
ここでちょいと過去を振り返って、JSAFはなんでディンギーとクルーザーに分かれているのか? というところに話を戻してみると。

    ※     ※

ご承知のように、ディンギーの日本ヨット協会(JYA)とクルーザーの日本外洋帆走協会(NORC)が統合しJSAFになったのが1999年4月1日。

当時、ワタシはNORCの会員だったのですが、単に会費支払わないとレースに出られないからという理由で入会していたわけで。
自治体に住民税を支払う、みたいな感じ。
NORCってなんなのか、深く考えていませんでした。

今回改めてJSAFのホームページにある年表を見ていたら、1964年にNippon Ocean Racing Clubが社団法人日本外洋帆走協会に改組され、同時にディンギーの方も財団法人日本ヨット協会として再設立されております。

なんで「Ocean Racing Club」が日本語にすると「外洋帆走協会」になるのか、不思議ではあったのですが。これ、運輸省から「レーシング・クラブなんてチャラチャラしたお遊び同好会みたいな名称では所管できない」って言われたんじゃないんですかね? 公益性が感じられる硬い名称にしなさい、と指導されて「外洋帆走協会」にしたんじゃなかろうか、と。これ、想像ですけど。年表見ててふと思った。

元々はヨットクラブ的な部分も多く持つ団体だったのが、それ以降、協会として役所のような活動をする団体になったのかも。
いや、これも想像ですけど。

ヨットクラブとヨット協会では存在意義がだいぶ異なると思うのですが、そもそも欧米的なヨットクラブ文化というものが無かった日本ではその違いが良く分からず、大きな問題にもならず。そのまま来てしまったのかもしれませんね。
でもどこかでヨットクラブ的な部分も引きずっており、一般会員からは分かりにくい存在になってしまっていたのかと、今にしては思います。

そして1999年に日本ヨット協会と統合して日本セーリング連盟となり、これはまさしくヨットクラブではなく協会(というか連盟)なわけです。

とはいえ、だから余計に、NORCはヨットクラブなのか外洋ヨット協会だったのかで、統合の仕方は大きく違ってくるはずなんですね。
中にはNORCはヨットクラブだと思って活動していた方もいたわけで、統合話は複雑になってしまうんだろうな、と想像します。

       ※      ※

統合時のJYA副会長である米沢一さんとNORC副会長古川保夫さん、お二人の会談記事が面白いです。
「日本のヨット界、その新たな出発を迎えて」

この中で、JYAの米沢副会長は、
「そこで大切なことは、これまでの組織にとらわれない考え方をすることです。 つまりディンギー、クルーザーという枠組みではなく、セーリングをともに楽しむ「クラブ」という概念です。(中略)各都道府県内すべてのクラブを統合する組織体が、47都道府県の地域連盟であるという考え方なわけです。 」
と、述べられています。

「クラブ」と称されていますが、いわゆるヨットクラブのことでしょうね。個々のヨットクラブが中心となり、日本中の数多のヨットクラブを統合する組織体がJSAFであるということですね。
分かりやすい。

NORCの古川副会長も、この発言を受けて、
「統合の一番の目的はここにあります。(中略) 世界の競技規則を見てもほとんどがクラブ単位でものを考えているし、 現実にはすでにそのように機能している地域のヨットクラブだって日本にもあります。」
とおっしゃっています。

ヨットクラブを中心としたセーリング界という構想が、統合時にすでに立てられていたわけです。

そして12年が経ちました。
実情はどうなのか?

活発に活動するヨットクラブがいくつも出現し、JSAFにも加盟してレースを主催し……と、この対談で交わされた構想が実現しつつあります。
とはいえ、この原稿を書いている時点で、JSAFに加盟するヨットクラブは16団体。JSAF非加盟のヨットクラブはまだまだありますし、クルーザーでの活動が主体のヨットクラブが多いようで、ディンギーとクルーザーを繋ぐ架け橋になるのはこれからということか。

そのタイミングで、外洋艇推進グループのwebサイトができたわけです。
その名も『on Breeze』

レースを主催するのはJSAFではなくJSAFに加盟するヨットクラブなどの団体で、となると、JSAFは何をすればいいのか。
レース主催団体間の繋がりを広げ、広域なイベントを行うためのお手伝いができないものか。

……と、いうことで、かくいうワタシもお手伝いすることになりました。
で、ここで宣伝をと思って。

明日、2月1日から正式スタートです。


『on Breeze』
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by Takatsuki_K | 2012-01-31 20:14 | ヨットクラブを考える
9月のムルデカレース。
夜中にたいそう吹かれてフィニッシュしたパンコールのマリーナで、堂々とたたずむ白人セーラーに、
「吹かれたよねぇ」と話しかけると、
「そお?」と悠然としているので、
「うちら、40ノットは吹かれたよ。ちょっとでも場所が違うとそんなに違うのかね?」と返すと、
「こっちはスピン揚げっぱなしで、シートはクリートして、鼻歌歌いながら走ってたよ」と落ち着きはなった様子。
奥さんがまた何事も無かったようにサッパリ小綺麗な格好をしていて、なんだかいかにも「ホーン岬2回渡った」って雰囲気を醸し出すヨッティー夫婦だなぁ、とこちらでは話していたんだけど。

これがたまたま、ワタシらと一緒に乗っていたセルビアンと同じコンドの住人で、聞けば1ヶ月前にヨットクラブのヨットスクールに参加してヨットを始めたばかりなんだそうな。
なんだよもう。初心者には初心者なりの物腰ってものがあって一目で分かるんだけど、普通は。
なんかこう、態度が堂々としすぎ。

実際は、鼻歌まじりで走っていたどころかボロボロズタズタだったようで、奥さんなんかずっと中に入りっぱなしだったそうな。
うちのカミさんなんか出っぱなしでしたけどね。

結局、翌日からのレースは全部キャンセルして船置いてバスで帰ってました。


さてその初心者で堂々としたオッサン──名前なんだっけ? ま、いいか──が、港の清掃キャンペーンを行うという。
ロイヤル・セランゴール・ヨットクラブからお知らせが回ってきたので、さっそく参加することに。名付けてCleaner Marina Day。

うちのカミさんはこういうの好きなんですよ。
葉山に住んでいた頃も、毎回参加していたようです。ワタシは1度しか参加したことないんですけどね。

葉山のはビーチクリーンでありまして、各自マイ・トングとゴミ袋を持ってさっさと散開。銘々がゴミをもくもくと拾って終了って感じ。数をこなしているせいもあり、整然としたものです。

ところがこちら、Cleaner Marina Dayの方は港の中のゴミを拾おうというものなので、さていったいどうするのか?
当初はヨットクラブからお知らせが来ていたので、ヨットクラブでやる行事なのかと思ってたんだけど、集合地点がヨットクラブから近くのフェリーターミナルに変更になったあたりから、なんだか怪しい風が吹き始めた気配。
どうやらあのオッサン、ローターリークラブやら地元の政治家みたいな人まで担ぎ出すことに成功し、なんだか話が大きくなっちゃったもよう。

当日朝集まったボランティアはざっと500人以上はいたでしょうか。
うーむ、こんなに大勢でどうするんだ? 海に出るの? これ全員?

と「????」な気分で待つこと3時間くらい。
5メートルくらいの和船……というかマレーシア風にステムが反り上がった、マ船といえばいいのか? 「馬船」か。変か。
まあ、とりあえず和船風の船外機付きボートが多数集結。
1隻がドライバー入れて4~6人乗りだったので、100隻くらいは来ていた計算になるけど。
横にいた白人のオッサンは、
「こりゃ、明日は新聞に出るね。日曜日は魚が1匹も獲れなかったって」
とジョークを飛ばすくらい、クアラルンプール中の漁船をかき集めたって感じか。

とりあえず、オッサンの企画力といいますか、人集め力はそーとーのもんです。
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港といっても河口なわけで、ヨットクラブのクラブハウス前でも幅は200メートルも無い狭い川です。
そこに100隻の馬船がてんでに走りまわりゴミを拾う。いや、拾うというより、すくうと言った方がいいか。

日頃、ゴミだらけというイメージがあったんだけど、実際には海に浮かんでいるのはそうそう無いわけで、拾うより探す方が大変であります。

まあね、クラブハウスの前も掃除するのに、ヨットクラブから誰か出なきゃカッコつかないしね。
その割りには、ヨットクラブから出ていたのは、ワタシら夫婦と、仲の良い〈ニジンスキー〉チームの面々だけ。

終わってから、クラブハウスに帰ったら、
「おお、やってたねぇ。あれ、ゴミよりゴミ袋の方がかさばってたんじゃないの」
等と、またまた乾いたジョークで迎えられましたが、ヨット始めて1ヶ月のオッサンの企画力といいますか、前進力といいますか、行動力といいますか、すごいです。

まあ、もうちょっと、というか、かなり大幅にやり方変えないとゴミ拾いとしての効率は悪いったらありゃしないけど。結構面白かったです。海の上のゴミ拾い。いや、ゴミすくい。
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by Takatsuki_K | 2011-10-18 20:00 | ヨットクラブを考える
ワールドマッチレースツアーの最終戦であるモンスーンカップのマレーシア代表枠を決めるマレーシアン・マッチレーシング選手権(MMRC) で、ジェラミー・クーが優勝。モンスーンカップへの切符を手にしました。

ジェラミー・クーは、こちら、ロイヤル・セランゴール・ヨットクラブのジュニアでOPに乗っていたセーラーなんですが、長じて、香港の大富豪、フランク・ポンのJelikチームに雇われ香港へ。

このフランク・ポンという方については前に書きました。
こちら。

思えば、ワタシ、初めて香港に行ったのが、1986年。25年前ですか。というか香港はその時1回だけなんですけど。
グアムレース後のヨットをそのまま香港まで回航したわけで、ヨットはロイヤル香港ヨットクラブ横の泊地にブイ係留。と、横に舫っているヨットに中国人のオーナーが泊まっていたんですけど、夜はデッキで寝ているんですね。
よく考えたら、オーナーではなくヨットに泊まり込んで見張りをしている使用人だったみたい。

立派なクラブハウスなんですが、ヨットクラブのメンバーは白人ばかりで、従業員はみなチャイニーズ。で、赤ちゃんおぶったオバサンが、小さなテンダーを操ってヨットを移動させたりしているわけ。

ふーむ、これがアジアのヨッティングなのか、と愕然とした記憶があります。アジアの中では日本のヨッティングは圧倒的に進んでいたんですね、この頃は。
で、今ではフランク・ポンのようなオーナーが現れているわけで。なんだかすごいことになっているもよう。


ジェラミー・クーは、昨年このポン・レーシングチームを円満退社しマレーシアに帰ってきており、セールやらなんやらの代理店やってます。好青年なんですが、商売はあまりうまくないかも。ビジネスチャンスはあると思うんだけどなぁ。成功を祈る。便利になるし。

今年、1月のランカウイレガッタでエスメラルダの植松オーナーがチャーターした艇のオーナー、ビンセント・チャンの弁護士事務所が、今はこのジェラミー・クーチームのスポンサーをしています。

そんなわけで、ジェラミーを応援していたんだけど、かなりの接戦を征してのモンスーンカップ出場、オメデトウ。


マレーシアのマッチレースはそれほど盛んではないんですが、政府のバックアップは完璧です。
モンスーンカップもますます熱気を帯びています。

正直いって、マッチレース自体は日本の方が層は広いし活動も活発だと思うんだけど、政府のバックアップが全然違うんだよなぁ。マレーシアのセーラーが羨ましいというか、日本のマッチレーサーが不憫というか。

JSAFにもアメリカズカップ委員会ができたみたいなんで、まずは国内マッチレースに予算をつけるとかスポンサーを世話するとかしてあげればいいのになぁ……と、JYMA(日本マッチレース協会)の孤軍奮闘ぶりを見ていると思うわけでして。

さてそんなタイミングで、「JSAFってなんなんでしょう?」というコメントが、前のページでつきました。
この記事「あっちでもこっちでも、七転八倒」の前半部分はワタシの尿管結石の話なんですけど、後段で触れた「JSAFの外洋推進グループの動きはいったいどうなっているんだろうか」という話題についてのコメントですね。

JSAFとは何か? については、前にかなり詳しく書きました。
ここのブログの形式だと、過去記事を一覧するのが難しいので、改めて並べてみます。

【JSAFとは】 寄付行為

【JSAFとは】 加盟団体

【JSAFとは】 特別加盟団体

【JSAFとは】 外洋加盟団体

【JSAFとは】 ヨットクラブ

【JSAFとは】 加盟? 公認?

【JSAFとは】 外洋帆走競技とは?

【JSAFとは】 それでいいの?

これは2009年2月に書いたもので、その後いろいろ変化はありますが、議論の発端として一読してみてください。


個人的には、かつてのNORCの時代から、役所のようなものだと思っていたんですよね。
経費がかかるのは分かりますから会費は支払いますが、後はうまくやっておいてくださいよ、という感覚だったのです。

ところが、会費を受け取る側は「ボランティアでやってやってる」という態度に感じられ、「電話での問い合わせは迷惑だからやめてくれ」と言わんばかり。
対してこちらとしては、NORCの会費は住民税のようなもんだと思っているわけで、これが役所でこんな対応されたら、頭に来ちゃいますよね。

我々国民は、それぞれの生活があり仕事があってそれだけで手一杯なわけで、たとえば「TPP交渉の席につくべきか否か」なんてことをいちいち国民側で考えろといわれても困る。そういうのは担当の人でうまいことやってくださいよ、と思うわけで。これ、NORCも同じだと思っていたわけです。

これはNORC時代の話で、今のJSAFは財団法人なんですね。
社団法人と財団法人はどう違うのか、上の、
【JSAFとは】 寄付行為 をご覧下さい。

JSAFになってから会長選挙って無くなりましたよね。これも、社団法人から財団法人になったしるし。
NORC時代はいちいち委任状が送られてきており、委任状が集まらないと幹部の方はぼやいてましたけど。
JSAFの会長は選挙ではなく理事会で決める。理事は評議員会で選出し、その評議員は理事会で選出する、、、と、自己完結と申しますか、会員による選挙は無し。
そもそも「JSAF会員」という言葉は「寄付行為」の中にはでてこないわけで。
と、これはますます役所的な存在なんじゃなかろうかと思うんですよね。良い意味で、役所的な存在でいいんじゃないかと思うんですよね。

いただいたコメント見ると、IRCで行われるレースはJSAFのレースで、IRCを使わないクラブレースやオープンレースと線引きしている方もいらっしゃるようです。
まあ、JSAFの中にIRC委員会があるわけで、こう勘違いするのもしかたが無いかとも思います。

ORCの方は日本ORC協会が管轄しているわけですが、こちらも「日本ORC協会」として「日本セーリング連盟規程」の1に定める「連盟の計測を担当する委員会」の一つとなっているもよう。

このあたり、ヤヤコシイですが、当時かなりゴタゴタしていたのは周知なので、良い落としどころというところなんでしょう。
日本IRC協会があって、日本ORC協会と共に特別加盟団体としてJSAFの元に組織されるのが、一番スッキリしそうですけど。


と、話は横にそれてしまいましたが、良く良く考えてみると、いろいろな問題は、日本のヨットレーシングが衰退してしまったということではなく、進化したが故の問題なんじゃなかろうかとも思えるわけです。

ジャパンカップにしても、参加艇のレベルが上がって、ハンディキャップレースでの選手権に満足できなくなったが故の衰退ともいえません? 

トップクラスのレベルが向上しているのは確かだと思うし、じゃあトップクラスだけが進化してしまったのかというと、オープンヨットレースも結構な人気のようです。
クラブレースもかつて無い盛り上がりのようだし。

上記【JSAFとは】を書いた頃は、JSAFの特別加盟団体となっているヨットクラブは3つか4つしか無かったんじゃなかったっけ。それが今では16に増えてます。

ヨットクラブの活動が活発になってきているが故に、外洋加盟団体との不自然な差異といいますか、加盟団体と特別加盟団体に分ける意味がよく分からなくなってきているともいえるわけで。

さてその中で、外洋艇推進グループはどういう方向で進んだらいいのか。どこに問題があって、何を目指せばいいのか。

動きはあります。
「キールボート強化委員会」の存在もなんだか楽しみだし。

情報発信と意見集約がまず必要なのかなぁ。
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by Takatsuki_K | 2011-10-11 15:01 | ヨットクラブを考える

やっぱり、ヨットクラブ

となると、やっぱりヨットクラブの存在が重要で。
……って、先週の記事に付いたコメントからの話なんですけど。


そもそもヨットクラブとはなんなのか? どうあるべきなのか?

なにより日本、特に戦後の日本には、こうしたクラブの文化って無いようで。
つまり、クラブというのはそもそも排他的な集団なんじゃなかろうかと思うんだけど、それは戦後日本の平等主義とは相容れない思想なわけで。

サッカーのJリーグなんかどうやっているんだろう。あれは、ガツンと組織改革して一気に立ち上げましたよね。ヨーロッパのクラブに近いものを日本に造るということなんだろうけど、今の現状はどうなんだろう?


ヨットクラブとはなんなのか?
これ、答えはなかなか出ません。そもそも答えなんか無いのかもしれないし。

NORC(Nippon Ocean Racing Club)はやっぱり広義のヨットクラブだったんだろうと思うんだけど。
そうそう、JSAFの公式ホームページの中の、「JYAとNORCの歩み」というページで、統合に至るまでの両組織の歴史がまとめられているんですけど、1992年の「ニッポンチャレンジ、アメリカ杯に初挑戦」という項目はJYA側の歴史に入っているんですよね。
そうだったのか?
確か、ニッポンヨットクラブ所属になっていたはずなんだけど、ニッポンヨットクラブはJYAの所属団体だったってことなのか?

あれだけのキャンペーンを行っていたんだから、ウエブ上に正式な記録を残しておかないともったいない。
で、NORCにしても、「Nippon Ocean Racing Club」でgoogle検索すると、当ブログが最初にヒットするし(^_^;)

でヒットした記事がこちら、
「インビテーショナルカップ……とは」
ここのコメント欄で、「なんでJSAFがインビテーショナルカップに招待されんのよ。ヨットクラブじゃないじゃん」という疑問についてちょっと触れてます。

さらには、その次の週に、「日本のヨットクラブ」という記事を書いています。読んでみてください。

いやー、このブログは奥が深いなぁ。(再び自画自賛)



ワタシ、たぶん日本人セーラーの中では国内外含めてかなり多くのヨットクラブを見てきた方だと思うので、そこんとこさらに考察していきたいと思います。


そうそう、結石の石ね。
昨日病院行ってCTスキャンとったら、全く無くなっていました。
出た感覚ないんだけど。
まあ、メデタシメデタシということで。
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by Takatsuki_K | 2011-10-04 13:50 | ヨットクラブを考える
先週末はペナン(Penang)に行ってきた。
クアラルンプールから北へ、車で高速を飛ばし約3時間。バタワースから長い橋を渡った先がペナン島だ。

面積は約1000平方キロというから、淡路島(592平方キロ)、佐渡島(855平方キロ)より広いのか。
でも、島の中央部分全域が山で、西岸はマングローブの湿地帯となっており、人が住める平地は少ない。人口約1万5千人というけれど、かなりゴミゴミした印象だ。

「東洋の真珠」と呼ばれるリゾート島である、と観光ガイドには書いてあるかもしれないけど、それは昔の話。今ではペナンからさらに約35マイル北にランカウイ島がありリゾートの中心はそちら。マレー半島東岸にはさらに隠れ家的絶景の孤島がいくつかあるらしいし。
……ということで、ペナンはリゾートアイランドではない、とハッキリ宣言しておきたい。
7世紀くらいからの海上交通の要衝であったことは確かで、商都といった方がいいかも。
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さて、前にここでも『KAZI』でも紹介したロイヤル・セランゴールヨットクラブのマネージャー、ジョン・ファーガソンが、ペナンに新しくできたマリーナに引き抜かれたのは昨年末のこと。
ところがその後の噂では、海流の関係でマリーナ内に大量のゴミが流入しとんでもないことになっているらしい、とか。流砂で、掘っても掘っても埋まっていってしまうらしい、とか、良くない話ばかり耳にしていた。
さあて、その後どうなったのかなぁと思っていたら、ここにきてジョンから「写真撮りにおいでよ」とのお誘いがあった。
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ということは、やっと軌道に乗ったということか。写真を撮るに足る状況になったということか。
さてさてどんなもんか、ちょっくら様子をみてみるかと、今回のドライブになったわけ。

夕方、ペナン着。
かつてKLに住んでいたお友達のコンドに宿泊。夜はテレビでツールドフランスを見てショボい勝負にガックリし、翌朝7時からそのお友達に連れられて近所の小高い丘の上まで散歩する。自転車じゃなくて歩きです。
大邸宅が並ぶ道を30分ほど登ると、海を見晴らす丘の上に古いお寺あり。
お寺といっても、岩肌をくりぬいてなにやら祀ってあり、その前のテラスの部分に屋根がかかっているだけという質素なものなんだけど、ここにお散歩クラブみたいなものができていて、毎朝プーアル茶が振る舞われる。
会員制とのことだけど、ワタシもちょっくらおじゃま。
ペナンは特に中華系のマレー人が多く、文化も中華色が濃い。このお散歩お茶クラブも、基本的に華人の集まりのようだ。
なんだかみなさん、やたらと人なつっこい。

朝から山に登り、お茶を飲んでだべって帰る。
こういうのも、結構楽しいですな。


朝の散歩から帰って、いよいよマリーナへ。
Straits Quay(ストレート・キー)という所なんだけど、ホームページ見てもなんだか良く分からなかった。
横浜のベイサイド・マリーナを小さくした感じ……をイメージしていただければよろしいかと。

マリーナに面したショッピングモールの方がメインの商業施設で、海側がマリーナになっている。マリーナはショッピングモールの飾りみたいな感じ。
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飾りっていっても、大型艇80隻分の立派なスリップがあり、水深も3メートル。ゴミの流入も無し。はい、ちゃんとしています。

但し、マリーナ部分を囲う柵の外から大勢の買い物客に観察されるという、動物園というか水族館というか、そんな状態。ベイサイドマリーナよりずっと小さいので、全体が丸見えになっちゃうんですね。

すでに40隻は埋まっているということだけど、オープンしたばかりなのでさすがにまだヨットクラブはできていない。

ヨットで、誰と何をして遊ぶか。ヨットを買ってマリーナに係留しただけでは意味が無く、その先が重要なわけで。そのベースの一つがヨットクラブなんじゃなかろうか。
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ヨットクラブの活動を軌道に乗せるノウハウは、これまたマリーナの運営とは別の話で、マレーシアでもなかなか難しそう。そもそも、ヨットクラブなんて西洋人の発想なんだろうし。ロイヤル・セランゴールヨットクラブも、結局活動の中心となっているのは白人だし。

そのあたりのマネジメントも兼ねて、ジョンが引き抜かれたんだと思うけど、さすがにヨットクラブはまずセーラー達が立ち上がらないとどうにもならないんだろうし。

と考えたところで、朝の散歩で出会った山の上のお茶飲みクラブなんか見ていると、あんなペースでヨットクラブもすぐに軌道に乗るんじゃなかろうか。
……なんて思ったペナン島でありました。
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by Takatsuki_K | 2011-07-19 14:27 | ヨットクラブを考える

事務局長は偉大です

昨年末、ロイヤル・セランゴール・ヨットクラブの事務局長であったジョン・ファーガソンが、新しくペナンにできたマリーナに引き抜かれ、ヨットクラブを退社。後は誰がやるんだろうと思って心配していたんだけど、なんかもうさっそく活動は停滞気味です。

まずは、ホームページの更新からして手を抜いており、今年のスケジュールからして出ていない。

やっぱ、人ですなぁ。
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ジョンの新しい職場であるペナンのマリーナの方は着々と準備が進んでいるようで、3月オープンだとか。
行ったことないんですけどね。そんなのあったかなぁ。
わざわざ彼を引き抜いたところをみると、経営者側はやる気ありとみた。

最近は日本人のリタイア世代の方が何人か、マレーシアにヨット持ってきて係留しはじめているようです。
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by Takatsuki_K | 2011-02-22 17:45 | ヨットクラブを考える

ヨットクラブの役割

週末は新西宮ヨットハーバーで、海図セミナーでした。
「GPS全盛時代の今だからこそ、やっぱ紙の海図使わないとねぇ」というお話。
毎年秋のフローティング・ボートショウ会場でやるようになって3年目。今年も好評でした。
ま、会場が狭いということもあるのですが、今年も満員。お天気に恵まれているのもあるかな。

で、この週末、RSYCのクラブレースもあり、今乗っている艇の最後のレースだったのです。こちらに参加できずにちと残念。
スキッパーが急に米国転勤となり、残りのメンバーっていっても、レギュラーはワタシとカミさんの2人しかいないんで、解散ですな。
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で、この後どうしようか。
と考える間もなく、すぐに次に乗る船が見つかりました。
クルー不足はどこでも同じですね。

   ※   ※   ※

ヨットをやっている人は、オーナーとクルーに大きく分けられます。
オーナーはヨットの持ち主。クルーはそれに乗る人。
レース艇は一人では動かせないので、どうしてもクルーが必要になるわけ。

で、このレース艇のクルーというのが、一般的なクルージング艇に乗っている人から見ると居丈高に見えるみたいなんですよね。

自分じゃ金出してないくせに、態度がでかいということか。
確かに、マリーナにはまったくお金落としてないからなぁ。で、人数が多い。オーナー1人に対してその10倍くらいのクルーがいるわけで。どうしても目立っちゃうのですよ。体でかいし。
謙虚にしているつもりなんですが。すいません。

で、今のワタシはヨットクラブの会員になって月々お金を支払っているので、このような批判を受けることなく、堂々とヨットに乗っていられるわけ。

日本でも、クルーが加入できるヨットクラブはありますよね。でも、ワタシが活動していたシーボニアには、オーナーが入るヨットクラブしか無かったのです。
JSAFの外洋支部には入ってましたが、あれはヨットクラブじゃないもんなぁ。

特に今入っているロイヤル・セランゴール・ヨットクラブでは、その敷地に入って施設を使うことに対して月会費を支払ってるようなもんだから、その先は、自分のヨットを持っていようが無かろうが区別されることはなく、レース艇にはクルーが必要なんだからそれに乗せて貰って何のやましさもてらいもナシ。
たとえば、ゴルフクラブの会員がコースに出てプレーするみたいな感じ、とでもいえばいいのでしょうか。

ヨットクラブの役割ってこういうものなのか、と思う今日この頃であります。
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by Takatsuki_K | 2010-10-05 18:54 | ヨットクラブを考える
シドニー・ホバートレースを終えて、南太平洋をハワイに向けて移動中のワタシ。
ニュージーランドを出て9日でクック諸島はラロトンガ島へ。そこから4日でいよいよフレンチポリネシアの楽園、ボラボラ島へ到着。
1982年3月27日。26歳の頃のお話であります。

今はどうだか知りませんが、当時のボラボラ島にはマリーナは無く、かなり広い入り江にアンカー打って振れ回しになります。
沖合には広く環礁が防波堤のように広がっており、うねりは入らず居心地はいいのですが、毎日のように強いスコールはあり。
スコールはたいてい強い風も伴うわけ。
で、近所に錨泊していた50ft位のカナダ艇が走錨し、あれよあれよという間に我々のアンカーラインに絡まった。
まったくもー。

こちらは54ftのアルミ製レースボートでありまして、クルージング艇のようなウインドラスはなし。45kgの巨大なダンフォースアンカーを人力で揚げるわけ。迷惑ったらありゃしない。

が、先方の艇上には人影なし。
まあ、こちらは男ばかり6人乗りなので、総出でワセワセっと作業し治まったものの、あちらはどうなのか?
「また流されてきてもメンドクサイから、様子見て来いよ」
というスキッパーの指示で、ワタシと松尾さんはゴムボートに乗り込み、走錨カナダ艇の様子を見に。

台湾製でよくあるようなクラシックな形のケッチだったと思うけど。
デッキに上がると、オーナーがケロっとした顔で出てきた。
迷惑かけたのう……とかなんとか、一言ないものか。と思う前に、
「ようこそ。まずは諸君にクルーを紹介しよう」
と、大きなオウムを紹介されても、こちらは「……」。
ごま塩頭に、黒々として太い眉毛がスケベそうな中年の白人で……。
と、この辺り、日記には記載が無いので記憶を呼び戻して書いてますが、このオッサン、一人しかいないもよう。

松尾さんなんか、さっさとバウに行き、
「なんや、でっかいアンカーあるやん。これ打とう」
と、慣れた手つきで操作し始めるものの、オーナーは、
「余計な事はやめてもらおう。そんなの打ったら一人で揚げられない」
と大反対。
「つーか、そっちは良くても、走錨されるとこっちが迷惑なんですけど」
という意味合いの英語表現が出てこず。
「あー、あかんあかん。話にならん」
と退却したのでありました。

    ※     ※    ※

入り江に面した岸辺に小さな家が建っていて、そこがボラボラ・ヨットクラブのクラブハウスになっています。
そうそう、今回も「ヨットクラブを考える」お話なのです。
ヨットクラブといっても、こちらボラボラ・ヨットクラブには地元の会員艇はいないようで、クルージング途中の外来艇が立ち寄る施設でありまして、普段はスタッフすらいないことが多い。クラブハウス内にある大きな冷蔵庫に飲み物やチーズが入っており、飲み食いしたらカウンターにあるノートに自分で数量を記入し島を出るときに精算するというスタイル。

どんな建物だったか、これまた日記には記載がないし記憶も定かではないんだけれど、さほど立派な建物ではなかったような。
ボラボラという島自体、ヨットで海からアプローチすると「人が住んでいるのだろうか?」と思うくらい、人工的な建物の姿が目に入らない島で、近づくにつれそれが建物だとわかるくらい。
クラブハウスも、「小屋」といった方がいいようなもの、だったと思います。

建物の前には手作りとおぼしき小さな桟橋があって、各艇そこにテンダーで乗り付け、上がり込み、勝手に飲み食いするというわけ。

ヨットはみな沖に錨泊でありまして、それはそれは綺麗な海の上で、幸せな時間を過ごしているわけですが、まあ、飽きる。
クルージングしているのは男女のカップルが多いですが、ずーっと二人で顔つき合わせててもねぇ。
で、こういう集いの場が必要なわけ。

となると、奥様同士で集まって井戸端会議みたいになるわけですが、その日は、
「見たわよ、昼間。大変だったでしょ」
と声をかけられ、
「あの船スコールのたびに走錨してんのよ」
「ぐるっと回って、今日のスコールで元の場所に戻ったんじゃない」
「あら、そーね。明日から2周め突入?」
そーなのか、走錨カナダ船は、みんなの嫌われ者なのか。

と、ヨットクラブというのは、こういう会話を楽しむ場のようでして。

「各自で食べ物を持ち寄ってパーティー」なんてのもしてましたね。
自分が食べる量を作って持ち寄れば、何人来ようが量は丁度足りる計算で。
ワタシらは、カレーを持参したっけなぁ。オーナーがオーナーなんで、カレーは船に嫌というほどありまして。日本のカレーってのはこれまた評判いいんです。カレーはやっぱりヱスビーだな。うん。

日記を見ると、毎日ヨットクラブで過ごしてますね。そして気の合う艇を見つけてはそちらに移動。
ヨットクラブは出会いの場なのでした。
日記によれば、「ボラボラヨットクラブの会員になった」とあり、「会員になるときは、クラブの柱にキスさせられる」とも書いてある。
覚えてません。

     ※   ※   ※

ボラボラを出た後、我々はフアヒネ→モーレア→タヒチと移動。
タヒチに着くと例の走錨カナダ艇がパペーテの港に泊めてあり、「クルー募集」の大きな看板がかかっていた。やっぱ一人じゃ無理なんだなぁ。

で、この話にはさらにオチがあるんです。
ぐるっと回って日本に帰った後、たしか『オーシャンライフ』誌だったと思うけど、ポリネシアをヨットでクルージングしたという日本人女性の手記が載っていた。
ハワイで「クルー募集」の張り紙を見てウキウキ乗り込み南太平洋まで行ったはいいが、オーナーがとんでもないセクハラオヤジで、最後は強姦されそうになり、さすがに他のクルーが止めに入るや大げんかとなり、オーナー1人残して全員ヨットを降りた。
というような話で、これが、時期といい、写真に写っているヨットの形といい(まあ、似たようなヨットはいっぱいあるのですが)、これ、あの走錨カナダ艇ではあるまいか。


ボラボラ・ヨットクラブ、その後無くなったという噂を聞きました。
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by Takatsuki_K | 2010-09-14 09:23 | ヨットクラブを考える
ヨットクラブは数あれど、まずは、従業員がいるクラブといないクラブに大別できるかと。

従業員がいないクラブでは、事務手続きからレース運営まで、すべて会員自身がボランティアで行うことになります。
JSAF外洋支部なんかはこれですね。だから、問い合わせにしても「迷惑だから電話はしないでくれ」とか言われちゃうわけで。
こっちは金払ってるのになによ、まったくもう。……等とイライラするわけですが、ヨットクラブ専用の事務所があるわけでもなく、ボランティアで役員を務める人の仕事場や自宅にいちいち電話がかかってきたんじゃ、そりゃ迷惑というもの。

方や、従業員がいるヨットクラブなら、事務所もあるのが普通。たいていはクラブハウスの一角に事務所があり、ここに平日も従業員が詰めており、集金や発送業務も行っているわけ。

両者の違いは大きいですね。

で、今ワタシが所属するロイヤル・セランゴール・ヨットクラブには、広い事務所があり、専属の従業員が詰めています。女性が2~3人と事務局長のオッサンが1人。
週末ほど人がいっぱいくるわけで、かといって平日も休業日はないわけで、いったいいつ休んでいるのか?
と聞くと、
「休みは無い」
と、この事務局長はいつもジョークがキツくて、ホントのところはよくわかりません。当然交代で休んでいるんだとはおもいますが。


さらに、ヨットクラブで専用の泊地(マリーナ)を持っているか否かでも分けられそうです。
欧米でも、艇の係留とヨットクラブは別のところが多いと思いますが、たとえば、ニュージーランドにアメリカズカップがあった当時、ルイビトンカップの運営を行っていたバックランズビーチ・ヨットクラブは立派なマリーナが併設されていました。

もちろん、その泊地を利用していない人でも、会員になることは可能ですが、ヨットクラブにとって係留料は大きな収益になると思われます。

RSYCでは泊地も自前で経営しています。まあ、泊地といっても河口に面してクラブハウスがあるので、河のあちこちに長い浮き桟橋を浮かべてそこに係留するというスタイル。はっきりいってダサイですが、基本的にこのクラブの目的は係留した自艇でのんびり過ごすというものではなく、ヨットレースと釣り。ということで、泊地はどーでもいいみたい。
会員の中にはランカウイに艇を置いている人も多いようです。そういう人は、こちらではソーシャルイベントを楽しむという感じですか。
ちょっと離れたところに新しいマリーナができたので、近々そちらに引っ越す可能性もあるみたいですが。

で、スロープもあって、クラブハウスの裏手には上架保管もできます。プラトーなんかは、全艇上架して保管してあります。
これら係留や上下架に関わる費用もヨットクラブの収入になるようですが、となると当然ながらそこには人手も必要なので、ヨットクラブの常勤スタッフは40名もいるそうな。
そして、別経営になっているようですが、クラブハウスの飲食系には20名のスタッフがいるということで、全部で約60人。
こうして見ていくと、彼らは日本でいえばマリーナのスタッフということになるわけですが、RSYCではヨットクラブでマリーナを経営しているということになりますね。
でも、マリーナの社長というのはいない。
ヨットクラブのコモドアが最高責任者であり、その下に様々な委員会があってヨットクラブのメンバーがその委員に納まり意志決定をし、マリーナを経営しているいうことですかね。
マリーナ経営会社があって、その客である係留艇のオーナーが親睦のためにヨットクラブを造る、というのとは大きく異なるということですね。

マリーナを持っていないヨットクラブも、欧米ではだいたいそんな形式になっているんじゃないでしょうか。
つまり、ヨットクラブという商売をしている。
株式会社になっているヨットクラブも多いようです。
別の言い方をすれば、ヨットクラブの会員は株主で、株主総会で社長(コモドア)を決めて会社経営にあたってもらう。ヨットクラブの事務局長は、ヨットクラブに雇われ社長(コモドア)の命を帯びて業務を遂行する。
……といってもいいのかも。

従って、レース運営はすべてヨットクラブのスタッフが行います。どんなレースを行うかはヨットクラブの委員会で決定し、年間スケジュールを決める。決めた後は、委員会のメンバーもレースに出る側。……ということです。

財政状況については追ってレポートしたいと思いますが、係留費といっても27ft艇で月額2700円とかいってたから激安だし、会費収入だっておそらく月300万円程度だと思うのですが。マレーシアでは人件費が安く、おそらく地代無料なんじゃなかろうかと思います、ロイヤル・ヨットクラブだから。
で、こういうクラブ運営が可能なんだろうと思われます。
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by Takatsuki_K | 2010-09-07 17:30 | ヨットクラブを考える

マリーナ建設ラッシュ

マレーシアのお話ですが……。
いつもセーリングしているポートクランのすぐ近くに新たなマリーナができた。

さらに、ポートクランから100マイルほど北にあるパンコールにも新しいマリーナができたという。
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この週末はその視察という感じのレースイベントが企画された。
ワタシが乗る予定にしていたヨットには雷が落ち電気系統がすべてパーになったということで、出場はキャンセル。でもせっかくホテル予約したんだからと車で行ってみることにした。パンコールって前から聞いていて一度行っておきたかったので。

自宅から約3時間のドライブでなんとまあすてきな南国の海。気に入りました。
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新しくできたマリーナは本土側にあって、マリーナを中心として商業施設やホテル、コテージが建ち並ぶ島が橋で本土と繋がっている。
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まだまだ建設途中だけど、マリーナ……というか浮き桟橋はすでに完成。この辺りから先に造っちゃうところがすごいけど。
商業施設もすでに完成。ディズニーシーにある地中海の街みたいなしゃれた造りです。まだテナントはほとんど入っていないけど。これ全部完成したらすばらしいリゾートになりそう。完成するかどうか、ちょっとアヤシイけど……。

この島(マリーナアイランド)の沖合にパンコール島がどでんと横たわっているので、このあたりは波も静か。海岸線も結構複雑でアンカレッジにも事欠かず。
……と、マレー半島西海岸は、クルージングでも十分に楽しめそうです。いや、こんな近くにこんなに綺麗な海があるとは思わなかったもんで。
レースだけなら、他人の船に乗ってれば十分……というかその方が楽しいくらいなんだけど、クルージングとなるとやっぱり自分のヨットが欲しくなる。
うん、自分のヨットを持ったらかなし楽しめる海域であるなぁと思う。
じゃどんな船がいいかなぁと思い巡らし始めたところ。
夫婦二人でこの海域なら、30ft位が手頃かなぁ。いや、船外機で25ftってのも、アッサリしてて結構いいのかも。
とかとか。こういうの考えているときがが一番楽しいですよね。
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by Takatsuki_K | 2010-08-31 15:46 | ヨットクラブを考える