ヨットの事を考える評議会


by Takatsuki_K
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マリーナ建設ラッシュ

マレーシアのお話ですが……。
いつもセーリングしているポートクランのすぐ近くに新たなマリーナができた。

さらに、ポートクランから100マイルほど北にあるパンコールにも新しいマリーナができたという。
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この週末はその視察という感じのレースイベントが企画された。
ワタシが乗る予定にしていたヨットには雷が落ち電気系統がすべてパーになったということで、出場はキャンセル。でもせっかくホテル予約したんだからと車で行ってみることにした。パンコールって前から聞いていて一度行っておきたかったので。

自宅から約3時間のドライブでなんとまあすてきな南国の海。気に入りました。
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新しくできたマリーナは本土側にあって、マリーナを中心として商業施設やホテル、コテージが建ち並ぶ島が橋で本土と繋がっている。
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まだまだ建設途中だけど、マリーナ……というか浮き桟橋はすでに完成。この辺りから先に造っちゃうところがすごいけど。
商業施設もすでに完成。ディズニーシーにある地中海の街みたいなしゃれた造りです。まだテナントはほとんど入っていないけど。これ全部完成したらすばらしいリゾートになりそう。完成するかどうか、ちょっとアヤシイけど……。

この島(マリーナアイランド)の沖合にパンコール島がどでんと横たわっているので、このあたりは波も静か。海岸線も結構複雑でアンカレッジにも事欠かず。
……と、マレー半島西海岸は、クルージングでも十分に楽しめそうです。いや、こんな近くにこんなに綺麗な海があるとは思わなかったもんで。
レースだけなら、他人の船に乗ってれば十分……というかその方が楽しいくらいなんだけど、クルージングとなるとやっぱり自分のヨットが欲しくなる。
うん、自分のヨットを持ったらかなし楽しめる海域であるなぁと思う。
じゃどんな船がいいかなぁと思い巡らし始めたところ。
夫婦二人でこの海域なら、30ft位が手頃かなぁ。いや、船外機で25ftってのも、アッサリしてて結構いいのかも。
とかとか。こういうの考えているときがが一番楽しいですよね。
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by Takatsuki_K | 2010-08-31 15:46 | ヨットクラブを考える

ヨットクラブに潜入する

ヨットクラブかぁ。ヨットクラブだよなぁ。
……と、西宮のジャパンカップを見てて改めて感じたしだい。
日本でヨットクラブらしいヨットクラブって、関西ヨットクラブぐらいのもんですかねぇ。いや、最近は各地のヨットクラブも結構盛んに活動しているようだしなぁ。

まずは、ヨットクラブらしさってどんなのか。
そもそも、欧米的なヨットクラブが正しい姿なのである、と決まっているわけでもないんだろうし。いや、欧米的なヨットクラブでもいろいろあるだろうし。

我が国では、ディンギーは高校大学のヨット部が中心で、その先は企業のヨット部になるのか。これらが欧米でいうヨットクラブの代わり。
で、国体があって、それをまとめる都道府県の県連がある。と。

バブルの頃からは各地にディンギーの保管場所ができて、そこがディンギー系のヨットクラブ的な役割を果たしてきたのかもしれないし。
それに加えて、レースが盛んな艇種では各地にフリートがあって、そこが中心になって活動してきた感じですかね。

うーん。欧米的なヨットクラブとは、やっぱりだいぶ違うなぁ。


外洋艇の場合はまた状況が異なり、特に地方では泊地確保の為のヨットクラブという形態も多い。漁港の片隅に係留するため、それをとりまとめるなんらかの組織が必要であったということ。

マリーナ係留艇の場合は、そうした艇の管理はマリーナで行ってくれるわけで、ヨットクラブを組織していたところも多かったものの、どうもヨットクラブ会員同士の結びつきは希薄であったように思います。ようは、やることがあまりない。

で、地方でも、新たにマリーナが出来ると、そこに係留しているオーナーと、旧来の係留管理系ヨットクラブとの繋がりがなかなかできなかったりして。

そんな中で、NORC(日本外洋帆走協会)があって、その各支部がヨットクラブ的な役割を果たしていたといってもいいんだけど、それがJSAFと統合。ヨットクラブというより協会的な活動を行うようになる。JSAFの会員管理の為の地方組織という感じ。

となると、元々NORCの支部が無かった地域ではどうなるのか。

逆にこの頃から、各マリーナ単位に存在していたヨットクラブがかなり活発にクラブレースを開催しヨットクラブらしくなってきたといってもいいのかも。


ヨットクラブの発展こそ、ヨット界の発展であろうなぁと思うんだけど、じゃあ、どうすればヨットクラブは発展するのか。

日本のヨットクラブは、なんとなく欧米のヨットクラブをまねしているんだけど、欧米のヨットクラブがどういうものかが実はよく分からないわけで。
ここんとこ──欧米のヨットクラブのありようをキッチリ分析し参考にするのは、今後の日本ヨット界を発展させる為の重要なポイントとなるのかもしれません。


そうねぇ。欧米のヨットクラブって、どういう活動してんだろう。

ワタシもこれまで海外遠征などで欧米のヨットクラブはいろいろ見てきましたけど、その実態の奥の奥はやっぱりよく分かってません。

で、今はこちら、イギリスの影響を深く受けたマレーシア一のヨットクラブである、ロイヤル・セランゴール・ヨットクラブに潜入しておりますので、そこんとこ、これからじっくり観察しご報告したいと思います。

たとえば、用もないのにクラブハウスに行って食事してビール飲んで帰ってくる。これだけで楽しめるのか否か?
席に着けば顔見知りがいて、「最近どうよ」的な話が弾み……ってな、クラブライフ。
ね。
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by Takatsuki_K | 2010-08-24 14:57 | ヨットクラブを考える

ジャパンカップ終了

インスペクションから入れれば全部で9日間に渡る長いシリーズを締めくくる表彰式は、ホテルの会場を使って盛大に行われました。
チーム毎に着席で夕食&酒という本格的な表彰式で、なんだかとっても感動的。

この感動はどこから湧き出てくるのか。
各チームの団結力と申しますか、仲間意識と申しますか、そんなのがにじみ出ているからなのかなぁ。
やっぱり人生で一番重要なのは、「いい仲間」なんだろうなぁ。

レース艇のオーナーというのは、単にお金を出せばできるというものでもないわけで。
いや、誰か優秀なプロジェクトマネージャーを立てて良いクルーと良い船を用意させれば、強いチームは簡単にできるんだろうけど、それじゃオーナーではなく単なるスポンサーに過ぎず。

レースチームを率いるレース艇のオーナーというのはそうそう簡単に務まるものではなく、それを長い年月続けてジャパンカップまで駒を進めてきたのが、ここに集まったオーナーとその仲間達なわけです。

表彰式が感動的なのは、そんな彼らが歩んできたここまでの道のりが伺い知れるからなのかもしれません。


優勝は、KYCの古豪〈SWING〉。
父の代から続く〈SWING〉という大看板を、見事に引き継いだということになります。
〈SWING〉チームの皆様、優勝おめでとうございます。



レースの詳しいことは、現在ねじりハチマキで執筆中。
9月5日発売の『KAZI』10月号をご覧下さい。

帰りの飛行機の便が取れず、昨日も1日梅田泊。
だいたい文字数は埋めたんだけど……。
これから関空へ向かいます。
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by Takatsuki_K | 2010-08-17 08:50 | ヨットレースを考える

その15 2005年~2009年

さて、今日(8月10日)は、2010年度のジャパンカップの第1レース。12時スタートとのことなので、今頃は各艇ワクワクしながらスタートを待つところか。

ヨットレースというのは、スタートラインに着くまでが一苦労で、特に選手権試合となるとひとしお。この緊張感はジャパンカップならではのもので、毎月のクラブレースでは味わえないものだ。やはりジャパンカップは存続させなければならないと思う。

で、過去を振り返る……

2005年 蒲郡

22隻のIMS艇を集めて9月に開催された。

98年に中部開催がスケジュールされたが、参加艇不足のために中止になっている。アナウンスが遅かったのかなんなのか、残念なことだ。
ということで、この年、初めての関東、関西以外での開催ということになった。

すばらしい泊地。レース海面まではちょっと遠いが海面そのものはインショアレースをするのにまったく問題ない。
が、三河湾の奥深くにあるので、オフショアコースを設定するのが難しい。
伊良子水道を越えて五カ所の方まで、往路約50マイルがショートオフショア。そこから帰ってくる復路を含めた往復約100マイルがロングオフショアということで、全8レースが組まれた。無風の為1レース不成立になったがロングオフショア含めて、スケジュールは難なく消化された。

優勝はスレッド(farr47)。2位から3位まではGS42R。細身箱形船形全盛時代に、スレッドの優勝はなかなかのもの。

蒲郡は、関東、関西の中間にあり、ミドルボートサイズの艇でも回航が容易。全日本クラスの選手権を行う適地だと思う。
そして、こうして前後を振り返ってみると、かなり盛り上がった大会だったといえるのではなかろうか。
ちなみに、JSAF東海のホームページも、キッチリまとまっていて見やすくて、好感度大。


2006年 小網代(シーボニア)

9月、IMS18艇を集めて行われた。
クラスA、クラスBに分かれていたが、総合上位はすべてクラスA。

3連覇を目指す〈スレッド〉(farr47)を押さえて〈セレッソ〉(B&C49)が優勝している。

クラスBでは、〈光風〉(ファースト40.7)がダントツの優勝を果たしているが、なんとなく陰が薄くて気の毒な感じ。
この回、GS42RはクラスAだったが、翌年にはクラスBになっていたりとクラス分けの基準はハッキリしていない。ジャパンカップ・クラスBの存在感を増す為には、単に参加艇を艇数で半分に分けたというのではなく、「ミドルボート」という普遍の規格が必要だろうと思う。

木曜日から月曜日(祝日)までの5日間。夜にはフィニッシュできるオフショアレースを入れて全部で8レース消化している。

ディスマストも出るような強風のシリーズであり、これはこれで運営は苦労したと思うが、キレのいい運営で多いに盛り上がった印象がある。


2007年 西宮

この年も8月に開催。13艇を集めて行われた。
35マイルのショートディスタンスを含めて全16レース!! 5日間でこんだけって、どんだけ!!

参加13艇は、クラスA、クラスBの2つに分けられ、見所はクラスBのGS42R軍団なんだろうけど、総合順位はクラスA、クラスB入り乱れており、こういうのって、記事書くの大変なんですよね。ポイントをどこに絞ったらいいものか。
で、筆者の友人、今津浩平氏が書いてるんですが、たった2頁ってのはどうなんだろう。さらに書くのが難しい。

そして総合優勝は、クラスBの〈シーホーク〉(GS42R)。シドニー五輪日本代表の浜崎栄一郎が舵を持ち、久々のジャパンカップ優勝。ここまで、惜しいところで優勝を逃している姿を間近で見ているので、この優勝はどんだけ嬉しいか、想像に難くない。
そして世良直彦オーナーはこの後病に倒れ急逝されるわけで……。


2008年 蒲郡

9月 15艇を集めて行われた。

この年から、IRCを採用。
IMS(ORC-Iに名称は変更されているが)部門も設けていたが、エントリーが1艇のみということで、IRCのみが成立している。

インショア6本とオフショア1本。
オフショアはやはり五カ所の湾口まで行って帰ってくるオーバーナイトのコースだったが、台風の接近により、40マイルのコースタルレースに変更されたものと記憶している。
(直接見に行ってないので分からない。舵誌の記事にも書いてない)

クラスAでは〈スレッド〉(TP52改)が優勝。クラスBでは〈サマーガール〉(ファースト40.7)が優勝。
舵誌の記事を読むと、帆走指示書では両クラスにジャパンカップが授与されるとあったのに、結局は総合優勝の〈スレッド〉にのみジャパンカップは授与された、とある。

そういえば、ジャパンカップというのはどんなトロフィーなのか? ワタシも一度は獲得したことがあるはずなんだけど、よく見なかった。今度しっかり確認しておこう。クラス優勝のカップというのは存在するのか?

さてここで、〈スレッド〉は3度目の優勝。
いずれも、大型艇の先行逃げ切りというもの。
端からは楽勝に見えるが、乗ってる方はこれはこれですごいプレッシャーなんだそうな。
で、2007年西宮での〈シーホーク〉の優勝もすごいなぁと思うし。
これだけサイズの違う艇でのハンディキャップによる選手権試合というのは、走っているほうも難しいし、記事にするのも難しいのです。


2009年 小網代(シーボニア)

ご承知のように、大会前に直撃した台風により泊地が壊滅的な被害を受け、中止となった。



こうしてみると、97年以来、ジャパンカップは西宮を中心として、後は持ち回りで開催されているといってもいいくらい。
筆者は自分で参加した97年以来、西宮には取材にも行ってないのでレースがどんな状況で行われていたのかは良く分かっていないのだが、どうやら「西宮のジャパンカップ」というスタイルは確立されているようだ。

で、今年は取材に行けというGOが出た。
マレーシアに住んでいるワタシにですよ。わざわざ国際線の飛行機に乗って、取材に行かせて貰える。ありがたいことです。
経費削減の為、中国東方航空、上海経由関空行きという、なんかヤバイものではありますが。無事に着けるのか、俺。

そのうえ、なんと8頁を予定しているそうな。これ、過去最大級の扱いなのでは?
ということで、過去のジャパンカップ史を振り返ってまとめておきたかったんです。

明日夜、こちらを経ちます。
ちょうどレース艇がオーバーナイトインショアを走っている間、ワタクシ、中国東方航空機中の人ということになります。
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by Takatsuki_K | 2010-08-10 10:00 | ジャパンカップ史
ということで、1983年の熱海から始まったジャパンカップは三崎に場所を移してからなんだかギクシャクし、それでもなんとか1997年の西宮で息を吹き返し、1999年の葉山でなんとか持ちこたえていた状態。

ここまではこちらを参照のこと。
画面一番下の「前のページ」ボタンで次に送れます。
13話はこちら

で、続きです。
ジャパンカップ2010を前に、今週来週と2回に分けて、2000年から2009年までのジャパンカップをざっと振り返ってみます。


2000年 西宮

10月末~11月にかけて行われた。参加10艇は微風で苦労したようす。全9レースが予定され、3レースが微風の為中止。49マイルのミディアムコースも微風で中止になっている。
2010年は西宮沖の海域でオーバーナイトのコースが設定されているが、どうなんだろうか?

優勝はジョン・コーリアス以下4人の外人助っ人が乗る〈ドンキー〉(コレル45)。


2001年 浦安

2001年からは、JSAFのホームページにまとめてある。
が……、さっそく2001年の浦安大会のページのリンク先が無い。
このときは表彰式が終わった後で、集計の間違いが発覚(というか、翌日ワタシが記事を書いていて気がついた)。なんだか無茶苦茶になったのであった。

そもそも熱海で行われるはずが、予算不足の為急遽東京湾開催になったもので、どうもこのころの関東水域はかなり混乱していたもよう。

1999年の葉山大会ではクラスBだったファースト40.7がここではクラスAになっているし、そもそも、IMSだけではなくORCクラブも含めるのか否かという部分でも、全国的なコンセンサスが得られていない。

ロングは、海ほたるを回ってくる約20マイルのコース。ロングではないですね。

ということで、優勝は東海の〈パラフレニアン〉(ファースト40.7)で変わりはなかったはずだが、それ以外は不明。


2002年 西宮

前年8月、西宮でJ24ワールドを行い夏の西宮沖が選手権試合を行うのに適したコンディションであることに定評が生まれ、この年のジャパンカップも8月に開催。
期待通り午後からのシーブリーズは吹きまくり、逆にトラブル続出となったもよう。
とはいえ、風は無いよりあった方がいい。

15隻のIMSボートのみでジャパンカップを競う。
翌週、Japan ORC 'C' CUPが17艇を集めて開催される。

優勝は、バウワー・ベッキンが舵を持つスイング (farr40)  


2003年 江ノ島

秋の相模湾。IMSのジャパンカップ部門に20隻。週末はORCクラブカップが併催されこちらに15隻がエントリー。

レガッタは4日間で、インショア5本と90マイルのオーバーナイトを予定していたが、風に恵まれなかったこともあり、インショア2本とロングしか成立しなかった。

ロングも微風に終始し、おまけにトップ艇フィニッシュ後に一気に吹き上がったため小型艇有利な展開に。そしてこのロングの配点が1.5倍ということで勝負の行方はなんだかどうも……な大会だった。


2004年 西宮

8月の西宮沖は良いシーブリースが吹く……はずだったが、この年は軽風に終始する。
それでも、すべてインショアブイ周りのみということもあり、5日間で全7レースを消化している。

フリートはIMSの大型艇のみ。
すでにGS42Rが台頭しはじめ大混戦となったようだが、最後は〈スレッド〉(ファー47)が優勝。
(次週に続く)
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by Takatsuki_K | 2010-08-03 16:57 | ジャパンカップ史