ヨットの事を考える評議会


by Takatsuki_K
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事務局長は偉大です

昨年末、ロイヤル・セランゴール・ヨットクラブの事務局長であったジョン・ファーガソンが、新しくペナンにできたマリーナに引き抜かれ、ヨットクラブを退社。後は誰がやるんだろうと思って心配していたんだけど、なんかもうさっそく活動は停滞気味です。

まずは、ホームページの更新からして手を抜いており、今年のスケジュールからして出ていない。

やっぱ、人ですなぁ。
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ジョンの新しい職場であるペナンのマリーナの方は着々と準備が進んでいるようで、3月オープンだとか。
行ったことないんですけどね。そんなのあったかなぁ。
わざわざ彼を引き抜いたところをみると、経営者側はやる気ありとみた。

最近は日本人のリタイア世代の方が何人か、マレーシアにヨット持ってきて係留しはじめているようです。
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by Takatsuki_K | 2011-02-22 17:45 | ヨットクラブを考える
ひょんなことからテレビドラマ『北の国から』を見てしまった本日。ブログの更新日だってこと、忘れてた。
いや、あんなに話題になったドラマなのに、今まで見たこと無かったのです。初めて見ました。
純君は大人になったら医者になり離島に勤務するのかぁ。なんて想像してしまうワタシ。

さて、アメリカズカップはいったいどうなるのか? カタマランでの対決が決まり、いよいよ始動するも、「なんでカタマランなんだよ」と文句言ってる人もいるようで。でもまあ、僕にとっては何もかも、もうよその世界のお話という感じになっています。
これ、思い出してみれば、80年代の初めは同じような感じだったなぁ。まさか日本がアメリカズカップに挑戦するなんて思いもよらなかったもん。別の世界のお話。
で、『北の国から』が始まったのが1981年なのですよ。

1983年にオーストラリアの〈オーストラリアII〉が米国の〈リバティー〉を打ち負かし、アメリカズカップの歴史は大きく舵を切る。このときのことは良く覚えてます。ただただ、すごいなぁ、と。

ところが、87年にはカップは米国に戻る。なんともアッサリとした幕切れだったけれど、これがニューポートではなくサンディエゴ。ここで、カップの落ち着き先がサンディエゴだったということが大きな分かれ道だったような気もする。
88年には「ミスマッチ」と呼ばれたニュージーランドの巨大モノハル艇対カタマランの戦いとなるわけで。このときはもうドロドロの裁判沙汰にもなっており。すでに挑戦を表明していたニッポンチャレンジの方々も「この後いったいどうなるんだろう」と、さぞやヤキモキしながら準備を進めていたんだろうなぁ。
 使用艇もこの後12メータークラスからACボートに変わり、アメリカズカップの伝統はガラガラと音を立てて変化していくわけで。なんだか、今の雰囲気は当時のそれと似ているなぁとも思い。しかし、今の日本からの挑戦はどう考えても無理な状況なわけで。(つづく)

……なんか、口調が『北の国から』になってしまいました。影響受けやすいタイプ。
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by Takatsuki_K | 2011-02-15 18:38 | ヨットレースを考える

永遠に残るもの

先週の記事で、「そうそう、実況中継といえば、あの頃、秋和がアナウンサー教室に通っているっていってたよなぁ」と思い出した。

すると、その2日前に彼が亡くなっていたと知らされた。
いや、ほんと。癌だったそうな。46才ですよ。

秋和良於。かつては『ヨッティング』誌を中心に精力的に書いていたライターだ。
最後に会ったのはいつだったかも思い出せないくらい、しばらく合ってないけど、亡くなったなんて全然知らなかった。なのにふとこの日、奴のことを思い出したわけ。行動力に溢れた奴だったよなぁ、と。
こういうのを虫の知らせというのか。

    ※    ※    ※

僕が『舵』に記事を書くようになったキッカケは、91年3月にマイアミで行われた国際50フッターのレース取材だった。
レガッタ主催者から三浦大会の運営を請け負い、その宣伝用の記事を書いてこいと命じられてのこと。
当初行くはずだった小松一憲さんが急遽行けなくなり、代わりにと小松さんから指名されて僕が行くことになった。
それまで記事なんか書いたことなかったのに、なんで俺? あ、ヨットクラブの会報は毎月書いてたっけか。でも、そんなの小松さんは知らないもんな。

なんで僕だったのか、未だによく分からないんだけど、それでも、臆することなく一人マイアミに向かった。
この時、マイアミ空港まで向かえに来てくれたのが先に現着していた秋和だった。
あいつはどこの手配で行ってたんだっけ? よく覚えていないけど、すでにいろいろと記事を書いていた秋和。なにも僕の世話を焼く義理もなかったはずなんだよなぁ。

もちろん秋和とはその前から顔見知りではあった。とはいえ、特に深い交流があった訳ではない。
派閥が違うといったらいいのか。
いや、派閥ってのはちと嫌らしい表現か? 行動範囲といったらいいのか? 仲が良いとか悪いとかというのともちょっと違う、派閥横断的な行動範囲を持つ人もいるし、逆に同じ派閥であっても、気が合わない人同士ってのもあるようだし。なんだかユルイ人脈関係というのか。なんなんだろうなぁ。
あ、いや、僕が勝手に色分けしちゃっているだけの話なのか? ま、いいか。
とにかく、繋がりがあるような無いような。我々はそんな関係だった。

なのに、初めての取材それも海外でという状況に置かれている僕に、秋和はとても親切にしてくれ、担当者やらキーマンやらに引き合わせてくれたりと、何から何まで大変お世話になった。あいつもどこかの原稿書いていたはずなんだけど。

おかげで僕の原稿は無事完成。

この記事が『舵』の編集部でも認められ、その後すぐに今度は編集部側から原稿の依頼があり、そこから僕と舵社との長いおつき合いが始まった。
瓢箪から駒のようなこの一件で、僕のその後の人生が変わったともいえるわけだけど、それもこれも、あの時秋和が親切に面倒みてくれたおかげなんだなぁ。

いや、あいつは別に僕にだけ親切にしていたわけではない。それからしばらくしてニュージーランドでのアメリカズカップの時も、日本から来た新聞記者の面倒みてあげてたなぁ。
ヨットのことはまったく分からないというこの記者。僕なんか、「なんだよ多少なりともヨットの知識のある記者よこせよ」とか思って煙たげにしてたけど。
自分の時間を潰してでも面倒をみていた秋和は偉いよなぁ。

ある意味僕とはライバル関係でもあったわけだけど、秋和のメイン舞台であった『ヨッティング』誌が休刊になったときに、
「どうすんの?」って聞いたら、
「結構いろいろ仕事はあるんですよ」って、なんだかケロっとしていた秋和。
あの時もっと力になってあげられたのかもしれないなぁ、と今ではちょっと後悔している。ま、何ができたか、分からないけど。最初にすごく世話になってたんだからなぁ。


それにしても、46才か。

人間、誰でもいつかはどこかで死ぬわけで。でも、死んでも書いた文章は永遠に残るから、僕らは結構幸せ者なのかもしれない。
秋和の文章がこれまた独特で、署名無くても「あ、これ、秋和が書いたな」って分かるんだよなぁ。永遠に。
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by Takatsuki_K | 2011-02-08 16:27 | 個人的な話

やっぱテレビだなぁ

サッカーのアジア杯。面白かったなぁ。

ワタシ、中学の時はサッカー部だったんですけどね。とはいえ、サッカーは別に詳しくも何ともないし、今の選手も誰が誰だかよく分かんないし。でも、テレビ中継見ているだけで感情移入できるもんなぁ。

うちのカミさんに言わせると、選手一人一人が地味なところがイイ! と。
確かに、なんだか地味な見た目に似合わぬスピード感と驚異的な体力で最後の最後まで走り回るところが、妙にカッコイイ。
スリリングな面白いサッカー見せてくれますよね。

で、改めて思うに、やっぱテレビ中継だなぁ、と。
これ、ツール・ド・フランスのときも、オリンピックのときも、書いたんだけど。やっぱテレビですよ。

で、ヨット。
別に地上波でなくてもいいので、衛星放送でヨット競技の中継番組を放映すべき。
海外物ならすでに番組はあるんだから、スカパーで放映するだけでよし。

GPSや小型の機材が開発され、中継技術は格段に上がってますから、テレビ中継のコンテンツとしては一昔前とはえらい違いの完成度になってます。

問題は、音声。日本語で実況&解説入れないと。日本語字幕じゃ見にくいし、日本人の視聴者目線でのコメントも必要だろうし。

実は、ニッポンチャレンジがア杯に挑戦していたころ、NHKから解説やる気は無いか、とオファーがあったのです。
で、呼び出されて担当者と話をしたのですが、そのとき、
「解説はもっと詳しい人を紹介するので、自分は実況がやりたい。解説に話題を振る係が必要だと思う」
と提案したのですが、みごとに却下されたようで、以降話は来ませんでした。
日本のテレビ局では「実況アナ」というのはすごく格上の専門職のようです。シロウトなんぞにやらせるわけネーだろバカ。
ということなのか。

でも、Jスポーツで毎年やってる「ツール・ド・フランス」では、プロの実況アナ使わなくても番組成り立ってますよね。
これこれ、このイメージだったんだけど、ワタシがあのとき提案したのは。

NHKの受信料支払ってないのがバレたら何かと不都合か? と思って、わざわざ契約したんだけどなぁ。あの時。
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by Takatsuki_K | 2011-02-01 10:50 | ヨットレースを考える